ラベルプリンターの漢字変換

職場にラベルプリンターがあります。

型が少々古い

まあ、簡単なラベルを作るのには問題なく使えます。

 

使えるのはいいのですが、使い勝手が良いかというと…。

実は、漢字変換に難があるのです。

たとえば、「委員」と打ちたいのに「医院」が先に出てきます。

「会議」と打ちたいのに「懐疑」が出てきます。

「開催」は「皆済」が出てきます。

「懐疑」とか「皆済」とか普通よく使うのでしょうか?

 

最も驚いたのは、「ねんど」です。

まず「粘土」が出る。

「粘土」なら使うこともあるでしょうから、まだ良しとしましょう。

次の候補は「粘度」。

「粘度」? これまで使ったことがない言葉ですけど。

そして3番目にやっと「年度」が出てくるのです。

 

しかも。

このラベルプリンターは、直前に使った言葉を覚えていないのです。

だから、もう一度「年度」と打ちたいときは、

「粘土」→「粘度」→「年度」を繰り返さないといけないのです。

そろそろ買い替えを提案すべきでしょうか?

甘いお菓子は好きなのにどうしても苦手なもの

甘いお菓子が好きです。洋のスイーツも、和の甘味も。

でも、どうしても苦手なのが粒あん

まんじゅうも、餅も、ぼたもち(おはぎ)も、団子も、

こしあんならおいしく食べられるのに、粒あんはダメ。

あんパンも、こしあんなら良くて、小倉あんはダメ。

分からないままパクッと食べて、粒あんが出てきた時に受けるダメージは

結構大きいものがあります。

 

私以外にも、「こしあんは良くて粒あんはダメ」という人はいるようです。

しかし。

私の場合、同じ粒あんでも「温かい粒あん」ならおいしく食べられるのです。

たとえば、今川焼やたい焼きはOK。

汁粉(関西でいうぜんざい)も何の問題もない。

誠に自分勝手なものだと思いますが、なぜなのか自分でも分かりません。

 

他の人はそんなことを知らないので、よく

「この前たい焼き食べてたのに、なぜこのまんじゅう(粒あん)はダメなの?」

みたいな疑問を持たれてしまいます。

うまく説明できない私は、ただ不審に思われるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明け前の南の空に輝く星

夜明け前に南の空を見上げると、やけに明るく輝く星があります。

「あの星は何だろう?」と考えた私は、

「一番明るい星は確かシリウス」との非常に不確かな記憶から、

その星は「シリウス」であると一応の結論を得ました。

 

そして、夜に空を見上げた私は、東寄りの空にオリオン座を発見。

まるで星座が分からない私でも、オリオン座は小学生の頃から見つけられるのです。

その時に別の不確かな記憶がよみがえりました。

「オリオン座のどれかの星(名前は忘れました)と、シリウスと、

もう一つ名前の分からない星で、冬の大三角」。

それなら、オリオン座の横の方にある、あれがシリウスか。

 

あれ? それなら夜明け前のあの星はいったい何?

非常に気になった私は、ネットで調べました。

 

あの星の正体は、実は木星でした。

まさか、太陽系の仲間とは。

それにしても、明るい星です。

望遠鏡を持っていないので、肉眼(眼鏡越し)で見るだけなのが少し残念です。

 

 

 

 

漢字の誤りに対する感情

私は、漢字の誤りに対して敏感に反応します。

たとえば、テレビのテロップ、雑誌、チラシ、あとネット上の記事など。

これらに見られる漢字の誤りは、誤用や誤変換といったものです。

「あっ、間違っているじゃないか」とすぐに気づくのですが、

その時に抱く感情は、「なぜ見直しくらいしないんだろう」というような、

割に冷たいものです。

誤りを一つ見つけただけで、途端にその記事全体への信頼を失ってしまうような、

そんな心境になります。

ただし、雑誌などの印刷物については、印刷時にミスをしたことも考えられるので、

必ずしも書いた人のミスだとは限りませんが。

 

一方、手書きの文章の中に、漢字そのものの書き間違いを見つけることもあります。

たとえば、正しい字より一画多い(または少ない)字。

それを見つけた時の感情は、なぜか冷たいものではありません。

むしろ「惜しい、あと少しで正解なのに」というような気持ち。

手書きの年賀状をもらって、その文中に達筆の誤字を見つけた時などは、

なんだかムズムズするような、変な感じがします。

もっとも、私も小学生の頃、「展」の字の下の方が「衣」みたいになった

(=余計な「ノ」が入った)字をずっと書いていました。

ある日それに気がついて大いに恥じ入ったことがあるので、他人のことは言えませんね。

 

漢字そのものの書き間違いを見つけた時には、なぜ冷たい感情が湧かないのでしょうか?

自分も経験者だからか? でも誤変換もきっとやってるはずだし。

理由は分かりません。

分かる方がおられたら、教えてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街に流れる音楽に緊張する私

街を歩いていて、楽しい感じの音楽がどこからか聞こえてくると、

私はにわかに緊張します。

それは、音楽にのって歩いてしまったらどうしようとの不安からです。

もし音楽にのって歩いているところを他人に気付かれたら、

「見て、見て!あの人、いい歳して!」とか言われて、恥ずかしいったらありゃしないので。

 

「音楽を意識しないようにしよう」と思えば思うほど、音楽のリズムに呑まれそうになります。

なんだかロボットのような歩きになり、それ自体かなり恥ずかしい状態です。

 

特に警戒すべきは、クリスマス前。

ジングルベルだの、赤鼻のトナカイだの、

あと名前は知らないけどよく聞くメロディーがどの店からも聞こえてきて、

「さあ、のってみろ」と唆されてるような気がします。

それにのってしまったら、ただの浮かれた奴になってしまう。

その時期は非常に緊張します。

 

で、音楽が聞こえた時の私の対処法は、

「歩いている途中でリズムをわざと変える」というものです。

「音楽? 気になってません。歩くリズムが変わった? 気が付きませんでした。」

ということを示しているつもり。

 

でも、リズムを変えていることが他人には奇妙に映っているかもしれない。

「あの人、歩き方が変じゃないか?」って。

そうすると、自分の工夫は全くの逆効果になるので、それは恐ろしいのですが。

 

今のところ他に有効な手立てを思いつかないので、

きょうも私は音楽に怯えつつ、変なリズムで街を歩いています。

 

 

 

ごあいさつ

はじめまして。千野々佑と申します。

きょうからブログを始めます。どうぞよろしくお願いします。

 

ブログのタイトルからお分かりかもしれませんが、私は、

普通の人ならあまり気にしない(と思われる)ような小さいことにとらわれ、

動揺しつつ日々を過ごしています。

 

このブログでは、そうした「枝葉末節」を書いていこうと思います。

読んで共感してくれる方がいるかどうかは分かりませんが、

「この人変わってるな」と笑ってもらえるような内容になれば本望です。

 

たったこれだけを書くのに1時間以上かかりました。

先が思いやられますが、よろしければおつきあいください。

 

最初なので、本日はこの辺で。