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書き間違いとみなせるかどうかの境界線

ある空き店舗のシャッターに貼られた紙に大きく書いてあった文字。

」。

「それは『』だろ!」と、心の中で突っ込む私。

さすがに、紙に書かれた連絡先に電話したりはしませんが。

 

そんなことより不思議なのは、

「『貨』を見てすぐに『貸』の書き間違いだと思ったこと」です。

似てるといえば似てるので、ある意味当然かもしれませんが、

じゃあ、「賃」と書いてあったらどうか。

あるいは、「資」ならどうだろうか。

もし「貝」と書いてあったなら、何だと思うでしょうか。

よもや「貸」の書き間違いだとは思わないでしょう。

 

ということは、「貸」の書き間違いとみなせるかどうかの

境界線というものがあるんじゃないか?

それによって、私は無意識のうちに、

「これは『貸』のつもり」とか「意味が分からない」とか

判断しているのではないでしょうか。

 

一方、貼り紙に「売」と書いてあれば、

「これは売り店舗だ」と思うのであって、

決して「『貸』を書き間違った」とは思わないし、

「意味が分からない」とも思わないのですから、

「貸」と「売」の間にもどこかに境目があるのでしょう。

 

「それがどうしたのだ」と言われれば、返す言葉もないです。